先生方にアドバイスをするとき、みなさんはどんなことに気を付けていますか?
そのアドバイスの仕方が、先生方の主体性向上やモチベーション向上に大きな影響を与えます。
こんにちは。BigWaveといいます。公立中学校の現役教頭です。奇妙な生態を持つ教師「教頭」。そんな「教頭先生」の頭の中を公開します!

→しゃべりたい病を克服する
ここ数年、私は授業を参観し、その後に授業をされた先生と授業についての振り返りをしています。振り返りは傾聴をベースにコーチングを行っています。(詳しくは48.やってみた「授業助言」)
教科が違うと専門性に関するアドバイスはできないのですが、授業のベースとなる「学び方」や「人間関係づくり」についてはどの教科でも同じです。授業を見ていると、「なぜ?」と思う部分が必ずあるので、そこ中心に振り返りをしています。
この振り返りをする度に、自分自身まだまだコーチング(特に傾聴)が未熟だと痛感します。原因は私の「しゃべりたい病」です。ほとんど職業病とも言える「しゃべりたい病」は長い年月を経てかなり悪化しています。
先ほどの授業見学の場合、純粋に分からない・知らないから「なぜ?」と思う時もあります。でも多くの場合、自分の価値観と違うから「なぜ?」となります。
その場合、もっと「○○すればいい」とポンと頭に浮かんできます。そして良かれと思って、それを先生に伝え始めます。最悪、次から次にできていなかったことについて、「指導・助言」が始まります。
この構造は、一方的に知識伝達しようとする授業と同じです。
初任者の先生の授業見学後に「20分くらい時間をください」とお願いしたのですが、後で聞くと20分怒られると思っていたそうです。授業見学の度に怒られるのなら、「授業を見に来てほしくない」となってしまいます。授業改善には最悪の展開です。どうしてこんな事が起こるのでしょうか?
授業では「主体的・対話的で深い学び」が求められているので、教頭から教員への授業の振り返りもそうあるべきです。一方的知識伝達では受け身になりやすいですし、対話もなく深い学びは生まれにくいです。
と、頭では理解しているのですが、授業の振り返りで自分が話し出すと、「しゃべりたい病」が出てきます。
しゃべり続ける自分に気が付いた時は、下の3つを意識して軌道修正します。
1.傾聴する!先生の思いや考えを聞く。
2.こちらからは質問(特にオープンクエスチョン)をして、先生に考えてもらい言語化してもらう。
3.助言を与える人ではなく、より良い授業を作っている伴走者となる。
コーチングに取り組み始めた2年前と比べたら、かなり上手く伴走できるようになったとは思うのですが、まだまだ成長の余地はありそうです。

さてこのコーチングでの伴走ですが、活かせるのは授業後の振り返りだけではありません。普段の相談事にも当てはまります。
災害対応や救急搬送などの急を要する対応は別として、普段の相談事に対して、管理職の判断を正解として伝えるのは、あまり有効だとは思っていません。
相談に来た先生が主体性を持てるように、より深く自分事として取組めるように、そして専門性が向上するようにするには、コーチングによる伴走が最適です。
相談に来た先生が感じている問題を、まずはしっかり傾聴したいところです。その後、こちらから質問をして、何をどう解決したいのか、難しいと思っている所はどこなのかなど、より具体的に言語化できるのをサポートします。
また「主体的で対話的な深い学び」を先生と生徒が実現できるようにするにはどうすればいいか?といった事も考えてもらいます。
最終的に、その先生が解決の方法を発見してくれれば最高です。
と、頭では理解しているのですが、ここでも「しゃべりたい病」が顔を出します。
一見正解と思われる回答を返しても、それは一時しのぎであって、持続可能な職員室にはつながりません。正解を与え続けていれば、職員室は考えない集団になっていきます。
またどの職場もそうかもしれませんが、テキパキ指示(正解)を与えるのが有能な人物と捉えられがちです。「テキパキ指示を出す→さすが管理職!と思われる→承認欲求が満たされる」そんな欲求も感じます。
そのバイアスを取り除いていかないと、職員室はもちろん、授業での生徒の「主体的で対話的な深い学び」も空回りしてしまいます。
学校現場では「指導助言」という語がよく使われます。私の言葉があまり好きではありません。指導・助言は発信者の自己満足で終わる場合が多いからです。指導助言は、「伝えたら分かる」を前提にしていますが、人間そんなに単純ではないのは、授業をしてみればよく分かります。