ブログを書き始めて丸3年が経ちました。自分ってこんなに継続力があったんだなと感心しています。
いつもは業務内での試行錯誤を投稿してるのですが、今回はちょっと休憩して、最近知ったユニバーサル・ハイ・インカムの世界について、ボヤッと考えたことを書いてみようと思います。
こんにちは。BigWaveといいます。公立中学校の現役教頭です。奇妙な生態を持つ教師「教頭」。そんな「教頭先生」の頭の中を公開します!

「生きるために働く」が死語になる。
イーロン・マスクさんのユニバーサル・ハイ・インカムについての投稿を読みました。AIとロボットが人間の代わりに働いて、人間は働く必要がなくなると言った感じでした。そんな世界が10~20年後に来るそうです。
さすがに10年後とかはあり得ないと思いますが、仮にそんな世界が来たとしたら世の中はどうなるのでしょうか?
ユニバーサル・ハイ・インカムの世界は生活に必要なお金だけでなく、豊かな生活を送れる十分な資金も提供してくれる世界です。「生きるために働く」が死語になります。
生活費や医療費の心配がなくなるのは素晴らしい事だと思います。加えて、働かなくても教育費や老後資金はもちろん、娯楽費も潤沢にあるのなら夢のような世界に聞こえます。やりたい事にだけ時間を集中して、充実した生活を送れそうです。
でも、「やりたい事がやれて幸せ」と感じられるのは、「やりたい事」がある人だけです。
やりたい事がある人って素晴らしいと思います。でも長年中学生を見て思いますが、ほとんどの中学生はやりたい事ではなく、やらなければいけない事とやらされている事をやって毎日を過ごしています。
「やらなければいけない事」は、本当はしたくないけどやる必要性を理解しているので、仕方なくやる事。学校での勉強はまさにこれです。
受験生が自分が行きたい学校を見つけ、そこに合格するために勉強する状況であっても、ほとんどのケースは「やらなければいけない事」の範囲内です。
「やらされている事」は、やりたくもないし必要性も感じないけど、「やれ」と言われるから嫌々やる事です。学校での掃除なんかはこっち側だと思います。
「やらなければいけない事」や「やらされている事」が「やりたい事」に生まれ変わることはあります。そうなると主体性爆発です。
自分が知らなかったことを知り、自分の世界が広がっていくことにワクワクしたり、自分が成長できている事を実感できるのなら、勉強も「やりたい事」になります。
そうなるとYouTubeや生成AIを使って自分で学びを進めていきます。その世界では「勉強」とか「遊び」とかの境界線は無くなります。全て「やりたい事」です。
学校の教員は知識伝達が主な仕事でしたが、今は生徒が「やりたい事」を発見し、主体的に学びが進められるよう伴走することが主な仕事になりつつあります。
ユニバーサル・ハイ・インカムの話では、大人全員の主体性が問われる世の中になるように思います。「やりたい事」がある人は主体性も発揮できて人生を謳歌できます。でも「やりたい事」が無い人はどんな生活を送るのでしょうか?
働かなくても十分なお金が手に入る世界では、「働く事=やりたい事」になります。働く事が娯楽の一種になっていくかもしれません。(そうなると今の学校現場に来てくれる人はほとんどいなくなります。)
現在の小・中学生には教員という伴走者がいます。でもユニバーサル・ハイ・インカムが実現した世界の子どもと大人には誰が伴走するのでしょうか?それもAIでしょうか?

10年前なら「誰も働かなくてもいい世界」なんて、SF映画に出てきそうな遠い先の未来の話です。でもここ5年ほどのAIとロボットの進化を見ていると、グッと現実味が増してきています。
良いか悪いかは別にして、そんな世界に近づいていくんだろうなと感じてしまいます。
今中学3年の子どもは10年後で25歳、20年後でも35歳です。まだまだ人生これからって時期です。それまでにユニバーサル・ハイ・インカムが実現するとは思えませんが、今の中学3年生が退職するまでの50年間で、何かしらの転換期がありそうに思います。
始めに「「生きるために働く」は死語になる」と書きましたが、それは「生活するためのお金を稼ぐために働く」と言う意味です。
でもユニバーサル・ハイ・インカムの世界では、「生きるために働く」=「人間として生きていくために働く」と言う意味になりそうです。
そんな世界での学校の役割ってどうなっているのでしょうか?学校のあり方も大きく変わっていくのは間違いありません。それに対応できる教職員集団でありたいなと思います。
あ、もしかして学校も無くなる?