130.目標が形骸化しないために

人材育成

怒涛の1週間が過ぎました。入学式も始業式も終わり、いよいよ1学期が本格的にスタートしました。

年度始めと言えば会議や研修の嵐。そんな忙しい毎日ですが、やっておきたいことがあります。

→意味のある目標の共有

2年ぶりの転勤。初日からの1週間は確認することだらけで、非常に脳みそが疲れます。昨年度から今年度にかけては、例年以上にICT関係の業務対応がかさんでしまい、業務の圧迫感がさらに増しました。

今はなんとか業務の流れを一通り確認でき、1日のルーティーンもできつつあります。やっと自分がしたいことに時間を割けられそうです。

年度始めのトタバタが落ち着いたら、早いうちにやっておきたいのは「目標の共有」です。

4月当初の会議で、校長先生から「学校教育目標」や「めざす子ども像」が共有されていると思います。学校で行われる全ての教育活動がこの目標に向かって行われるのが理想です。

学校教育目標を意識せずに行動するのは、クラス目標を掲げているのに、それを意識せずに行動するのと同じです。目標を掲げる意味が無くなっていて、ただのお飾りになっています。

とは言っても…。実際のところどうでしょうか?教育目標は教職員みんなの目標になっているでしょうか?

「別に学校教育目標が分かっていなくても教育活動はできている。」そう思っている方も多いのでは?実際、私がそうでした。

学校教育目標なんて、年度始めに発表されて以降、再度確認することはありませんでした。自分的には、担任も授業もクラブも一生懸命頑張っていたので、それでいいと思っていました。

確かに一生懸命頑張ること自体はとても大事なことです。自分自身で目標を決めてPDCAができているのなら、なお素晴らしいです。一生懸命頑張れることと改善を続けること、この2つは何をするにしても手に入れておきたい能力です。

ただ、学校は一人では動きません。学年や教科、生徒会活動など、多くの先生方がそれぞれの役割を担って初めて、学校が成り立ちます。

集団づくりや授業改善、生徒指導等、自分が見ている方向にだけ力を注ぐのと、教職員で協働しながら同じ方向に力を注ぐのとでは、その成果には雲泥の差があります。

そして協働するには「共通の目標」がいります。学校ではそれが学校教育目標になります。

と、一旦理想を書いてみましたが、現実はどんな感じですか?正直、学校教育目標が形骸化している学校もあるのではないでしょうか。

そんな学校はまず、目標を共有する意味を教職員全員で確認する必要があります。

多くの先生がクラス目標や学年目標を掲げているので、目標を共有することの意味はすぐに理解してもらえるはずです。新米の先生方とは、クラス目標を掲げる意味をOJTするいい機会にいなると思います。

次に学校教育目標がすでにあるのなら、

1.学校教育目標を細かく、かつ具体的に細分化(チャンクダウン)し、自分に合った内容を自分の目標にする。(詳しくは「教師のための「非認知能力」の育て方」中山芳一 著)

2.すでに自分の目標があるのなら、学校教育目標と意図的に紐づける37,86)

この2通りはどうでしょうか?今年度異動してきた方なんかにはもってこいだと思います。

最後にもう一つ、個人的に一番しっくりくるのは、学校教育目標を教職員みんなで考える方法です(78)。

学校教育目標の決定に関われば、自己決定感が生まれます。自己決定感は主体的な行動の土台になります。また自分の意見が反映されていると感じることができれば、自分事として目標を捉えやすくなります。

学校はフラットな組織です(118)。トップダウンの指示に対し、機能的に取り組める組織構造ではありません。持続可能性を高めていけば、よりフラットになっていきます。

それを前提に考えると、教育目標を教職員みんなで考える意味は大いにあると思います。

ただそれをするには4月は遅すぎます。冬休みくらいから年度末にかけて協議し続ける必要があるかなと思います。1年越しのチャレンジですが、今年度も「意味のある目標の共有」を実現したいと思います(38)。

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