万博で気がついたことについて、前回書かせてもらいました。実はもう一つ、気がついたことがあります。
万博への校外学習が大変だった一番の要因は、「不確定要素が多すぎる」と言うことでした。じっくり準備することができずに、その場での決断・実行が求められるので、非常に疲れました。
でもよく考えてみると、これは万博に限った話ではありません。これから学校が向かう先は、それが当たり前になっていきます。
こんにちは。BigWaveといいます。公立中学校の現役教頭です。奇妙な生態を持つ教師「教頭」。そんな「教頭先生」の頭の中を公開します!

- 決まっているから、何とか回っている。
教師の働き方改革は、教師の労働時間が常軌を逸していることが注目され、やっとその必要性が社会的に認められるようになってきました。
文科省のガイドラインでも「1か月の時間外勤務は45時間以内が目安」とされています。
時間外勤務を減らすには業務の効率化を図るか業務を減らすしかありません。標準授業時数や教職員定数の見直しなんかは即刻性がありますが、この大枠はもうしばらく変わりそうにありません。
まずは自分たちができるところからと言うことで、どの学校でも会議時間の短縮や行事の精選などを行って、少しずつ業務削減進めているのではないでしょうか?
学校は長い間の慣例に従って、行事や生徒指導、授業、部活動などを行ってきました。これらの業務が定型化されてきたのは、業務の効率化の結果です。
先輩方が膨れ上がる業務を何とかこなそうと、業務の定型化と時間外勤務で乗り切ってこられたのです。
ここ最近、その定型化を見直して改善する必要性が高まってきています。生徒にも「主体的・対話的で深い学び」が求められています。これは現在から未来を支える人材を育てるためには必要不可欠です。最優先で取り掛かりたい内容です。
一斉授業からの脱却や生徒によるルールメイキング、部活動の地域移行、教師の働き方改革なんかも含まれます。
ところが、「画一的な一斉授業から脱却して探求的な学びや個別最適な学びを追求する。」にしても、「生徒はもちろん保護者や地域も巻き込んで、校則をゼロベースで考える。」にしても、取組としてはとても興味深いのですが、その中身は「不確定要素の塊」です。
その不確定要素の塊をもとに、「アンラーン」や「スクラップ&ビルド」にチャレンジしていかなくてはいけません。
授業の型が決まっていると、1から授業を作らなくてもいいので、授業準備の時間を短縮できます。
例年行っている行事を「例年通り」でそのまま行うことで、打ち合わせの時間を削減できます。
校則が決まっているから、生徒への指導や保護者からの問い合わせへの対応がスムーズに、そして教員間で足並みをそろえて行うことができます。
今、なんとか学校が回っているのは、このような「定型化・慣例・既存のこと」があるからです。それに頼る形で時間削減を行い、今の労働時間でなんとか回してきました。
でもこれからは、これまでの「当たり前」を壊して、不確定要素を組み立てながら、新たに意思決定し、教職員と生徒・保護者の理解促進、そして実行・振り返りを行う必要があります。
教師の労働時間が増大することは確実です。
「当たり前」の業務だけでも、勤務時間内で収まる業務量ではありません。それを少しでも削減しようと自助・共助の面から試行錯誤している中で、時間削減に効果的な「すでに決まっていること」を再構築することが求められています。
もともと140あったものを100に近づけている中、50プラスされると言ったイメージです。
さらに万博への校外学習で痛感したのは、「意思決定」の大変さです。
人間が1日に使える意思決定力は限りがあります。決まっていることを実行するなら、経験の浅い先生でも何とかなります。しかしそれを自分の価値観で判断して行動するには、かなりの勇気と意思決定力が必要です。
特に生徒に関係することならなおさらです。何かあった時に責任を取るのは学校です。

そんな決定を1日に何度も繰り返せば、精神的に疲れ果ててしまいます。加えて長時間勤務が改善されなければ、メンタルに不調をきたす先生方がさらに増えることも十分考えられます。
そもそも多義にわたる膨大な業務量に加え、ICTなどの新たな業務への対応、求められる指導の個別最適化、授業観の転換、ますます必要とされる合意形成のための時間と意思決定。
時間が全く足りません。
この圧迫感は現場にいればヒリヒリと感じますが、職員室の外にいる方には伝わっているのでしょうか?
子どもたちの将来のために、持続可能な職員室のために、大きな転換は不可欠です。この急速な変化への対応を現場で行う一方で、それが実現可能な環境は整っていません。人的・時間的枠組みを作る方は、追いついてきてくれるのでしょうか?
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